南信州の 渓流フライフィッシング釣行記と、TK家のゆる~い生活を気ままにつづります。 酒呑みブログなんて言わないで下さい。   (全ての写真はクリックすると拡大し、再度クリックすると元に戻ります)  
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亡くなった母のこと
2012年01月30日 (月) | 編集 |
母は、数年前から痴呆が進んで、僅か数分先の事も
忘れてしまう様になってしまいました。

そして、2年ほど前、父が亡くなる少し前に脳内出血で倒れて、
脳外科の治療を受けた後、今の療養型の病院に転院しました。


なお、ブログは少しの間お休み致します、
再開するまでの間、さようなら ~
【 続きを読む ・・・・ 】

入院の手続きの時、院長先生に、「口から物を食べさせると、誤嚥が原因の肺炎になったり、事故の元になるので、 胃ろう を強くお奨めします。」と言われた。
胃ろうとは胃と体表がろう孔(穴)によってつながっている状態のことで、口を通さず直接胃に栄養物を流入させます。

妹は県外で看護師をして居り、当初は胃ろうを反対して居りましたが、入院先の先生に「強くお奨めします。」と言われた、治療方針に、素人の兄と私が逆らうと言う選択肢はなく、妹の意見を無視して、胃ろうをお願いしました。

ネットで、資料を調べてみると、胃ろうをしながら、口経での食事のリハビリなども可能とあり、実施した当初こそは、僅かな希望も感じていましたが、現実は、食事のリハビリなど一切無く、病院中の母と同じ様な患者さんに、時間が来ると一斉に、機械に油を差す様に、栄養剤を流し込むだけでした。
口からの食事をしない影響でしょうか、みるみる歯並びが悪くなって、言葉も何か言ってはいましたが、殆ど意味を聞き取れなくなってしまいました。


入院当初は私や身内の事が分かって、言葉は聞き取り難いながらも、何とか会話らしい事が出来ましたが、その内に、私の名前は出るのですが、目の前の私は何処かのおじさんになってしまいました。
きっと母の心の中の私は、昔のスマートな息子のイメージで、目の前のデブが、自分の息子には見えなかったのでしょう。
そして、この半年くらいは、私の名前を言っても理解できなくなり、かろうじて、自分の名前のみ分かるようでした。

一週間に一度くらいの頻度でお見舞いに行っても、話す言葉がありません、「お天気がどうのこうの」「痛い所や、具合の良くないところは無いか」などお決まりの言葉しか出てきません。

治療をして、その先にたった一度でも何か楽しいと思って戴ける事があれば良いのですが、そうした希望も無く、身内の都合で、延々と延命治療を続けてきました。
身内としては、「どんな状態であっても、少しでも生きていて欲しい。」と考えてしまいますが、その状態をずっと続ける事が本人にとって望む事なのか、周りの都合で、無理矢理生かされている事が幸せなのか、ずーっと悩んできました。


母が亡くなったとき、「直る見込みが無いのに、周りの都合で、無理矢理生きていて戴いたけど、これでようやく休んで戴ける。」そんな気がして、不謹慎ながら、少しほっとした気持ちを覚えました。

胃ろうという治療方法について、完全否定は致しませんが、今回は意思表示ができない母にとって、苦痛を長引かせただけで、申し訳なかったと思っています。
妹の意見を良く聞かず、奨められるままに胃ろうを受け入れた、愚かな兄二人して後悔するばかりでした。



テーマ:ひとりごと
ジャンル:その他
コメント
この記事へのコメント
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2012/02/02(Thu) 21:30 |   |  #[ 編集]
タイヘンだったのですね。。。

再開をおまちしてます!

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2012/02/02(Thu) 22:25 | URL  | まときち #-[ 編集]
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